関市議会議員 川合治義つれづれのブログpart3

毎日更新中!地域の身近な議員として市民の思いと声なき声を市政に直言。活動報告、日常生活等を記します。TIKTOK等のSNSでも情報発信。関市学校規模適正化計画(案)にも言及。富野小・中学校の消滅危機に地域最大の課題として取組みます。

上之保で6時間

昼ごはん抜きで

 8月16日の大雨についての課題を詳しく調査のために昼ごはん抜きで上之保の過疎地を走り回りました。こんなに長い生木が、どこから流れてきたのでしょう。

危機管理型水位計、水位が一定水準に達すると観測を始めてデータがパソコンで見られるようになります。

川の脇の耕作放棄地まで洪水が達したようです。

刈り取りが終わったばかりの稲田。洪水が危うく堤防を越えて水没させるところでした。

流れてきたゴミ・芥が川岸に残されていて洪水の水位が分かります。

20軒ほどでお話を聞くことができました。

 

 

秋の気配、ノブドウが色づき始めています。

秋にはカラフルに色みますが食べてはいけません。

山栗、サルもイノシシもこれを食べていれば罠にかかることも、鉄砲に打ち殺されることもないでしょうに。作物を食って爆発的に増えて人里に出没するようになった。

道路の下に池があったのでのぞくと丸々と太ったアマゴがいっぱい。

川でこのサイズを連れたら大変な幸運です。

高台の湧水池なのでとてもきれいな水です。

NHKのまるっと岐阜でPFASの件を解説していました。

活性山で浄化して供給できるのは年内?

基地のお漏らしか。

 

 

 






 

 

天災と人災

人災は選挙で防げる

 前回の議会報告に次いで今回は活動報告ということで、お盆の大雨についてビラを発行しました。むやみに恐れず避難は素早く、情報共有と伝達に課題あり。津保川改修の甲斐あって、洪水が氾濫にまでは至りませんでした。

 しかし地域ごとにみると土砂崩れや用水路の埋没、道路への土砂流入などによって市民生活や農作業への大きな影響も発生しました。

 関市の危機管理は5年前の津保川氾濫を契機に観測機器が充実し、庁内の体制も機能も強化されました。危機管理体制の末端と高齢化が著しい過疎地の住民とのより親密な関係を築いて、安心感を増していきたいです。本庁と地域事務所のより一層の連携を期待します。

 

天災は避難で助かるが、戦争(人災)は起こさない政府を作るための投票が押しです。

 

 農業危機についての政策勉強会に行ってきました。

 講師はれいわ新選組のブレーン・鈴木宣弘さん、TVでも日本の食料危機や農薬汚染について警鐘を鳴らし、打開の道筋を示しておられる有名人です。

コメ作りに携わるものとして大変興味深い内容でした。

日本はシーレーンを抑えられたら3ヶ月で餓死者が出始める一方中国は1年半は持つ。

ミサイルも戦闘機も食えない。戦争準備より食料生産に投資しないとコオロギを食って戦うことになる、とか仰っていたような。

司会はさかぐち直人さん。会場の設営・運営・撤収はれいわ新選組のボランティアの青年たち。

140名の参加者が熱心に聞き入り、質問していました。

特に女性たちが質の高い発言をしていたのが印象的でした。

 

皆伐には細心の配慮を

林業振興のためにも節度を

中之保の県道の歩道脇で土砂崩れがあったと聞いて、見に行ってきました。

 写真の左端、ガードパイプが途切れているところから、県道を横切った赤土濁り水が中之保川へ流れ落ちるときに法面を洗って土砂崩れを起こしたようです。

それほど大規模ではありませんが、確かに法面がえぐれています。

 直ぐそばに大口径の土管が、県道を横切って来ているようですが、濁り水は路面も横切ったのです。

 中之保川のここの少し上流では8月16日午後3時半過ぎに、皆伐された沢からの濁流が水路からあふれて県道に流れ出し、県道が一時通行止めされました。

立入れませんが、鉄板の上端の奥に水路の集水枡があるはずです。

その集水桝がしっかり働けば一定程度までの表流水はさばけるのではないでしょうか。

明確ではありませんが、そのように設計されているはずです。

当日夜9時前に撮った濁流が収まったあとの様子です。

上之保のY工務店の方々が県道の土砂をすっかりきれいにして下さいました。

今日もまだコーンが立っている現場です。

別の伐採跡です。ここも水路が土砂で埋まって道路を水が流れています。

ちなみにこの小川が武儀倉川に合流する手前には5、6建の家屋があります。

材木だろうがバイオマス燃料だろうが植林山を伐採(収穫)するのは結構です。
ただ広大な皆伐は水系ごとに面積を管理し、皆伐した後始末はしっかりとすべきです。

 

下流で大規模な土木工事を行って治水するのと同時に、配慮ある森林伐採を考えるべき時期に差し掛かっていると思います。

 

防災無線受信機の点検を

上之保地区へ呼ばれて

 午前中は自宅で事務的な仕事と田んぼの見回りなどでゆっくりとして一昨日、昨日の作業と運転で痛む腰をいたわりました。

稲が実ってきました。

もう刈り取って欲しいですが、田んぼがこのところの雨天続きでぬかるんでいます。

深沼の田んぼにとりついたイノシシが夜ごと暴れて稲が次々に踏み荒らされます。

「もののけ姫」のころにはこれほどの事態は予想もしていませんでしたが、もうこうなると稲田を荒らすシカとイノシシは一定程度駆除せざるを得ません。『一定程度』の判断が難しいですが、少なくとも作物を荒らす気が無くなる程度にはしたいです。が、鉄砲猟師でない限り積極的に攻める『巻き狩り」はできません。

 準備した罠檻に入ってくれるのを待つしかない消極的な狩猟では「一定程度」に到達することは難しいでしょう。せいぜい「一矢報いる」程度かな?

 

 午後には上之保に出かけて政治活動です。

ある地区で『防災無線放送を聞く装置が壊れてしまった。新しいものに代えようと上之保事務所に電話したけど「もうない。」と言われた、との訴え。

直ぐに事務所に行って内容を伝えると『現物を持ってきてチェックさせて頂きたい。

乾電池の寿命が尽きて液漏れしている可能性があるし、コンセントを抜きっぱなしにしてある可能性もあるので一概には言えない。危機管理課へ申請すれば地区に応じた受信機を用意できる。』との回答。

取って返してコンセントの件、乾電池の件を再点検してみることを勧めました。そのうえでまだ調子が悪ければまた連絡をして頂くことにして帰ってきました。

 

なんだか子供のお遣いですが、どうも住民には事務所の敷居が高いらしいのです。頼られる事務所のはずですが、住民には誤解や思い込みによる不信もあるのでしょう。私としては公平で公正な姿勢を堅持する努力が必要です。

 

ちなみに、昨日の関まちづくり協議会によるYouTubeの『市長選予定候補者討論』で山下さんが言っておられたように『市の職員がもっと積極的に市民の中へ入って要望をつかむ必要がある。』というのはまさに正鵠を得た発言だったと思います。

 

防災無線受信機については、地区内で設置されている全世帯を対象に何らかの調査と、その結果で不都合があれば点検を行うのが良いと思います。

 

夕方になって下之保・西洞で知り合いに声をかけると『高沢観音へ上る道路の下をくぐる土管が2か所で詰まっている。早急に水が通るように土砂を取り除かないと、あのままだと次の大雨で土管の上の道路の舗装がはがれてしまい、道路も流されてしまう。』との訴え。

 

早速杉の植林で昼間さえ薄暗い道を、指定された地点に行ってみるとまさにその通り。

市の土木課でも把握されていない件かもしれませんので、明日の朝いちばんに連絡します。身近な高沢観音なのに灯台下暗し、見逃していました。

 

新鮎登里橋周辺の洪水水位

5年前の洪水・氾濫には遠く及ばなかった

 上大野と西神野を結ぶ鮎登里橋は5年前の洪水以来車両の通行は禁止されており、新橋が渡れるようになったら落とされる予定です。

 架橋以来60年ほど経過し橋げたの腐食が激しいことと、洪水時に2本の橋脚が流れを邪魔するために上大野や西神野・中央地区への浸水を招くことがその理由です。

この写真は今月8月16日午後6時ころに撮影したものです。

今日歩道橋から撮影した上流側。

洪水によって寝かされたササの様子から、最高水位が分かります。

富野ふれあいセンター上流の右岸に残る洪水後もくっきりです。

5年前・2018年7月8日に撮った同じ右岸です。

洪水は引きましたが、氾濫の爪痕がくっきりです。

今日の新橋建設現場。一本だけの橋脚が立っています。

上大野の側から富野ふれあいセンター前の津保川右岸をパチリ。

洪水の最高水位がよく残っています。

小学生の頃は津保川で水泳する子供はいっぱいいました。

このカーブは『巻き川』と言い、深くて渦があるので水泳禁止でした。

竹薮が途切れたところで支流の小野川が合流します。

喫茶店と唐揚げ屋が入っているテナントの裏も洪水の跡が見えますが、余裕あり。

5年前の洪水時にはどちらの店にも浸水し、復旧までしばらくかかりました。

地域の喫茶店を生き返らせようと、ママの同級生たちが一生懸命ボランティアで働かれました。団塊の世代前後の高齢者は骨身をお惜しみません。

富野ふれあいセンター前の新橋橋台近くでパチリ。

上流もパチリ。

下流です。このカメラの高さまで洪水の最高水位が上がったのですね。

5年前の洪水の氾濫最高水位は今回とは比べようもないほど高かったのです。

津保川の洪水を防ぐための大規模な河川改修の成果ですね。

8月16日の午後6時ころの様子です。梁を固定する構造が青いシートで覆われています。

 

八滝ウッディランドのドーム。

コンサートや演劇をやったら面白そうです。

この橋、なんという名前だったかな。

奥の左端にできたばかりのシャワー棟があります。

キャンプやバンガローもありますよ。

中之保・小宮から柳瀬へ渡る橋です。

橋脚の円柱のように見える部分は洪水にスッカリ洗われました。

梁は浸かった程度でしょうか。

下之保・上野と多良木を結ぶ橋です。

ここにも今回の洪水の最高水位が記録されていました。

5年前の洪水災害の教訓を生かして高齢者などの避難呼びかけから始まった危険回避は大変円滑でした。結果的に津保川に限っては、洪水水位は5年前には及びませんでしたが、危機管理がうまくできたと言えるでしょう。

豪雨の爪痕

空は晴れても田んぼは闇だ!

富野ふれあいセンターを対岸の上大野から見たところです。

 一対の橋台と津保川の中央に橋脚が立っています。これが洪水時に水を被っていた、とい証言が複数あります。ここに橋げたを乗せると漂流物が支えて両岸へ濁流が流れるのではないかという心配の声もあります。

 

 素人の私も同じことが心配ですが、優秀な設計者がしっかり計算しているのですからまずそのような事態には至らないでしょうね。

5年前の7月8日未明の大洪水の水害では富野ふれあいセンター前の県道は50cmほどの冠水でしたが、今回の洪水は写真でお分かりのように、最高水位でもずいぶん下に留まりました。2m以上の差があるように見えます。

降水量が絶対的に少ないことがありますが、技術者の計算に基づく津保川の改修(断面積の拡張)で見事に洪水の水位が下がっているのです。小学校の校庭へ小野川を渡る通学用歩道橋は洪水に洗われましたが、校庭に水はつかず、津保川へ円滑に流れ込んだようです。

 

津保川は大丈夫でしたが、実りの時期を迎えた日本中で、田んぼへ水を引く用水路が埋まる事態は深刻のようです。昼のニュースでは鳥取県八頭町のことが紹介されました。

わが藤谷でも田んぼへ谷水を導く用水路が埋まってしまう事態があります。

稲の登熟がほぼ進んでさほど水のいらない段階に達しているのが救いです。

 

関市立図書館の屋上にあるプラネタリュームのドームの奥に発達する入道雲が!

 

 

命に係わる土砂崩れ

緊急な処置を要望します。

 今朝9時前に自分の自治会の方から『自宅脇の水路の石垣の崩れと裏山の崩れ』を見に来て欲しい、とお電話がありました。

 自主的にブルーシートを掛けておかれなかったらもっと崩れて屋内に土砂が流れ込んでいたかもしれません。財産どころか命に係わる災害の一歩手前で止まった!

藤谷の共同墓地ののり面の崩れです。赤土が市道に堆積しています。

その市道の下ののり面でも土砂崩れです。これに並んでもう2か所でのり面が崩れていて、通行止めにしないと2次災害を引き起こします。

わが家の土蔵脇を流れ下った濁流の置き土産で、水路がすっかり埋まってしまいました。これはもう公に頼むしかありません。

およそ100年前に組まれた石造りの堰堤が決壊しました。

これはもう自治会長名で関市に対して災害復旧をお願いするしかないです。

およそ7、8か所で自助・共助ではどうにもならない災害が自分の足元で起きていたのです。

 

うれしかったのは土曜日なのに届いた格通です。

 

 

慌てて昼ご飯を食べ、各務原市の市立中央図書館での講演会に駆け付けました。

夢フォーラム各務原が催した『公教育が変わるとき』と題した西郷春彦先生の講演を前に、各務原市議の古川明美さんが市内の不登校の実態を報告しました。

「人生が楽しいということを、体に覚えこませてやること』が子育て、教育の根本である。自分が愛されている、価値ある存在だと実感させれば、何があっても子供は負けない。つまり自己肯定感を育てることが大切なのだ、と説明される西郷先生。東京都世田谷区の公立中学校の校長時代に生徒を徹底的に尊重する学校づくりを実践された方です。

話題の校長、桜丘中・西郷先生が「校則をなくした」真の意図とは

西郷先生について詳しくは上の行をググってください。

大変すばらしい講演でした。

帰宅する途中に関市の方角に発達してくる積乱雲。

富野に戻り古野の県道から見た対岸の上大野の様子。

一昨日の午後5時ころから上大野集会場へ地元の方々15~20人が避難されたそうです。5年前の水害の恐怖がよみがえったのも無理ありません。津保川の大規模な改修によってそこまでの洪水にはならなかったようです。

藤谷に戻りました。

鉄塔の奥に高沢山が見えます。積乱雲がぐんぐん伸びていきます。

息子の家族と、暑いのにゴルフ帰りの弟がBBQを始めていました。

雨雲レーダーを見ると6時50分頃には雨が降ってきそうだ、と早じまいをした途端に雷鳴とともに大粒の雨が降り出しました。1時間ほどで止みましたが、午前中に確認した土砂崩れが拡大しなかったか気がかりです。