山崩れも、河岸崩落も
今朝は6時前に起き、7時前に出発して富野以北の津保谷を走り回りました。
昨日の夕方から走った幹線道路ばかりではなく、谷にも分け入り、お話を聞きながらですので夕方に帰ったら軽トラの走行距離は110km。もっとも途中から息子が追いかけてきて運転を担当してくれたのでその点は気楽でした。
ただ走っているのではなく、お話をお聞きしながら、お願いもしながらですから時間はかかります。7伺って3申し上げるような塩梅で地域の課題を複数の方から収集して歩くのは大変興味深いです。
今回の豪雨で昨日は第一の課題だと思っていたことが、聞いて回っていると、実はその裏にある課題が浮かんできました。これも10月の議会で取り上げなくてはと思ったことです。
今日のブログのテーマは表面的な第一の課題です。ちなみに今朝出発前に届いたメールによると朝5時過ぎに関市の職員が藤谷に災害調査に来てくれたそうです。早寝早起きのUさんが数か所の災害現場を案内してくれたそうです。
富野中を回りましたが、立ち入り禁止のコーンが立ててあるなどその足跡が見受けられました。本当にありがとうございます。
昨日は道路が川になっていた現場です。
この集水桝の流入口を、谷から流れてきた流木が塞いだことが原因でした。
別のところ見かけた流木と燃料用に刻まれた槙?
大きくカーブするので流れがいったん渦を巻くのでしょうか。
草が一様に上流側に寝かされています。
上之保温泉ほほえみの湯の下の田んぼです。このあたりの津保川はかなり大幅に改修されたのですが、船山からの流入口の対岸で越水して稲に芥が乗っかっていました。
橋の橋脚に根っこごと流されてきたと思われる杉の大木がひかかっていました。
取水堰です。ここにも大きく長い流木が不自然に残っています。
床下浸水に見舞われた家屋です。
郡上市小那比から火打坂トンネルを抜けて関市に入った所にある橋のたもとに設置された危機管理型水量計と河川監視カメラです。ここの情報から関市の洪水の経緯が把握が始まります。
某所、伐採あとの山肌
昨日の午後4時ころに撮影された、県道への濁流。
この沢の雨水をさばくのに十分と想定して設けられた水路をあふれたのですね。
自然の脅威は住民も覚悟の上ですが、ヒトの営みによって狂暴になった自然は想定以上で対処が難しいのです。
SDGsが空虚です。
今日3か所、7人にお聞きしたことは別のことです。
もう少し時間をかけて広くお聞きしていきたいです。