関市議会議員 川合治義つれづれのブログpart3

毎日更新中!地域の身近な議員として市民の思いと声なき声を市政に直言します。議員活動報告や日常生活等を記しています。TIKTOKやFacebook、Twitter等のSNSでも随時情報を更新。関市学校規模適正化計画(案)や関市パブリックコメントにも言及。関市立富野小学校、関市立富野中学校の消滅の危機に富野地域最大の課題として取組みます。是非パブリックコメントで関市民の皆さんの意見を市政に届けましょう。

関市危機管理課

まさかの豪雨に素早い対応   

 雨が降ったりやんだりで戸外の活動ができませんし、9月の忙しさも考えて10月議会の準備をと思い立ち家にいるとだらだらしそうなので議会棟の控室で仕事をすることにしました。

3階西側の窓から「わかくさプラザ」を見ていると急に雨脚が激しくなったようでした。昼までにはもう終わったと思っていたのですが、まだ続くようです。 

 このところ取材してきた事柄をパソコンにまとめているとスマホの緊急通報が鳴り始めました。どうせなら発信元をと思い立ち、危機管理課を見学に行きました。課長に声をかけると寄って来て大型モニターの説明をしてくれました。

 邪魔でないこと、写真を撮ってもよいことを確認したうえで説明を聞き、あとは部屋の入り口で職員の仕事の邪魔をしないように気を付けて推移を見守りました。

上之保の河川監視カメラと水位計の設置してある地点で、水位が市道まで1mほどにまで上昇しています。これは5年前のようにならなければ良いがと心配になりましたが、

一旦控室戻り仕事も進めました

折からやってきた北村市議にスネークラインを説明する市の最高幹部の一人。

13時50分の上之保・鳥屋市の「道路冠水の疑い」から事態が急展開を始めました。刻一刻と伝わる情報に対応して災害対策本部の職員が熱心に働いています。これが市民を守る中枢の働きなのか、と感心しながら見守りました。

午後4時40分、雨雲が北寄りから東寄りに流れ始めたので、津保川上流にこれ以上は降らないだろうと思って北村市議とともに最終的に退出しました。

控室に戻り、やりかけの文書の切りがよいところまで進めて今日は終了しました。

 5時半ころに帰ってきた、富野の南端を流れる志津野川の長坂橋です。

左岸を小型消防車がパトロールしていました。まず自分の安全を確保してくださいね。

小野川です。近所の方に伺うと一番水位が高かった時より少し下がったのだそうです。

八神川が合流してきます。奥に富野北アルプスの本城山と大仏が見えます。

本城山下の砂防堰堤方面から流れてくる支流が大暴れしています。

 阿弥陀堂の脇の流れが市道にあふれ出して石ころだらけです。ご近所の皆さんがてんでにそれをかき寄せて川に流しています。

市道をくぐる土管が詰まったために谷水が市道にあふれているのです。

ここは先日自治連富野支部と関市の土木課・農林課で巡視した「改修要望個所」です。

富野中学校前の橋から奥の本城山方面を望むと川が盛り上がって流れてきます。富野中学校体育館に避難してきていた15人の方々にお見舞いを述べて回りました。

法坂池からの小川は流路を拡張してもらったおかげで大変スムーズですが、市道手前でその工事が中断しているせいで、旧来の水路になったとたんにあふれています。

あと20mほど、市道をくぐるボックスカルパートを改修してもらえばこの小川にまつわるトラブルはなくなります。

富野小学校の校庭端に設置された降雨量計です。

枝葉の上端にスチールの光沢が特徴の円筒が見えます。

正午からの累加雨量が17時10分の42.5mmで止まっている。

時間幅が少し違うがこちらも45㎜で止まっています。

志津野川、小野川、藤谷川の氾濫ぶりからすると富野小学校でのこの降水量はいかにも小さく感じます。富野北アルプスの南麓には豪雨を降らせたのに、小学校周辺の雨はそれほどではなかった、ということでしょうか?

6時ころ、富野ふれあいセンターは無人でした。

上大野へ渡る新しい橋の橋脚が激流に耐えています。

こちらは車の通行が止められている鮎登里橋です。水面から橋げたまでの隙間は新橋より大きいように見えます。将来この程度の大水が出たときに新橋からのぞくと水面が今より近くに見えるのでしょうか。

私がこの春に通行車両にアピールしていた関・金山線の大坪交差点で、旧武儀町・上之保・下呂市方面への北進車は通行止めです。岐阜県が雨雲レーダで「まだ大雨が降る可能性あり」と判断して、災害に備えて通行止めにしているようです。

藤谷川のわが家へ入る橋から見た上流側。富野小学校の雨量計のデータとはかけ離れた氾濫です。

武儀事務所長さんに労いのあいさつをしてから武儀生涯学習センターへ。粟野へ行く途中のビニル集積地付近で土砂が県道に流れ込んだ現場。上之保のY社さんが後片付けをしてくれていました。

15時30分に通報のあった中之保・寺田の山裾では水抜き用の設備ではさばけない土砂を伴った水が県道に流れ出しました。やっぱりね。8時過ぎにはすっかり処理されました。

10時前に帰宅しました。

午後に出かける前にひっくり返して空にしておいたタライ雨量計が約160mmと告げています。少なくとも藤谷川上流ではそれくらい降ったのです。富野小学校では45㎜なのに、不思議です。

5年前の津保川の大氾濫による水害への対応に学んで関市の大雨に対する備えは、本部では設備面でもソフト面でも大変充実してきているように思います。

特に印象的だったのは危機管理課の要請?で本庁の職員が武儀と上之保へ応援に駆けつけることでした。夜になって武儀生涯教育センターと上之保生涯教育センターへお邪魔すると、避難して来た人たちの世話をする職員がちゃんと張り付いていました。

地域事務所と災害対策本部との情報共有と人員配置ではやや課題があるようにも感じました。武儀事務所と上之保事務所で私が訪れた時刻差はありましたが本来は何人いつまで配置についているべきだったのでしょうか。いずれにせよ住民の不安を和らげる方向でますます改善されるものと思います。職員の皆さん、お疲れさまでした。